日記、流行ってるらしい。
ということでちょっとだけあったことを綴っておく。
クロニクル最終戦争デッキが出た。
俺が待ちに待ち望んていた、俺のクロニクルデッキだ。
それまでの俺といえば、周りの人間がリメイクやらリバイバルやらではしゃぐのを見て、羨ましい気持ちでいっぱいだった。それは時に、思い出が「現代」というフレーバーによってなんらかの傷を負ってしまう可能性すらあるが、俺の目には少なくとも「楽しそう」に映っていた。
俺には、そういうものがなかった。
単に俺の守備範囲が狭くて「過去にやってきたこと」が少ないから、そうなってるのもあったが。世代にあたるものコンテンツですらろくに摂取してこなかったせいで今があるのならしょうがないことだ。
それにしたって何か、そういうものが欲しい!だって羨ましいんだもの!という思いがあった。コンテンツの周年記念の情報に湧くTLを眺めながら、指を咥えてしゃぶるほど羨ましかった。
そうしてようやく、俺の「そういうもの」がきた。それが『覚醒流星譚』だった。
ある日突然、小中でハマりにのめりこんだデュエルマスターズが、最近復帰した俺に向かって、あの頃の思い出をラッピングして丁寧な包装とともに投げつけてきた。
「覚醒流星譚」楽しみ!!!!!!世代直撃!!!!!!やばい
— ⚓イクヨモツ✇☆☆★🌹 (@nagahara0) 2020年5月15日
デュエマエピソード世代の俺にあまりにも深くぶっ刺さる、クロニクル最終決戦デッキ「覚醒流星譚」
— ⚓イクヨモツ✇☆☆★🌹 (@nagahara0) 2020年5月16日
これとドラリンパックで《秩序の意志》を喰らって、俺はひとつの結論に辿り着いた。
「俺の番が来た」って感じですね・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヨモツクロニクル始まったな・・・・・・・・・・・・・・・・・
— ⚓イクヨモツ✇☆☆★🌹 (@nagahara0) 2020年7月1日
どうやら「来た」ようだなと。「そういうの」が。
この時の俺は心底嬉しかった覚えがある。波が来た。ついに、ついについについに!とはしゃいでた。
それからは、近しいところからも遠いところからも、等しく思い出が俺を囲んできた。素敵なことだった。今年ほど俺の過去が今の俺を遊びに誘ってくることはないんじゃないかと思うほど。
そうして、そんなヨモツクロニクルの目玉が、実物として目の前に現れた。
改めて、俺のクロニクルデッキがあるんだという事実
— ⚓イクヨモツ✇☆☆★🌹 (@nagahara0) 2020年8月22日
これが俺の。そうか… pic.twitter.com/1zbBABMOz6
ようやく「俺の思い出」が、形になって現れた。
ようやく、辿り着けた。
尽きない感謝と共に、ヨモツクロニクルのラストを飾るGreat JourneyのCDを待つことにしようと思う。